AIラーニング革命 ~人間の思考力・行動力・問題解決力は高まるのか~

AI時代、「一生懸命覚える人」は優秀なのか?

AIラーニング革命 ~人間の思考力・行動力・問題解決力は高まるのか~

AIが仕事や日常生活に広がり、サイバー攻撃にも使われるなど、その動向から目が離せません。

全7回の連載では、AIによって人間の思考力や行動力、問題解決力は高まるのかを、研究と実践をもとに考えます。認知コストの低減、知識の結びつき、学ぶ楽しさ、熟練者の経験を取り上げます。AIに任せることと、自分で考え、判断することの関係も検討します。情報を得るだけで終わらず、問題意識と行動力の重要性を考えます。蓄積してきた知識や経験の価値を大切にしながら、学びを行動と成果につなげる方法を探ります。

私自身も皆さんと同じ時代を生き、AIとの付き合い方を模索している一人です。ぜひ皆さんのご意見、ご感想をお寄せください。


AI時代、「一生懸命覚える人」は優秀なのか?
~認知コスト革命が始まった。人間は何に頭を使うべきか~

AIで短時間に課題を解いた人と、何時間もかけて知識を覚えた人。どちらが優秀なのでしょうか。日常の身近な問題から考えてみたいと思います。

■調べる負担が行動を止める

私は、初めてのことに取り組む際、気が重くなることがあります。必要性はわかっていても、調べることや覚えることを思い浮かべると、先送りしてしまうのです。

例えば、退職や転勤に伴う健康保険・年金の確認や切り替えの手続きです。退職後の健康保険は、任意継続、国民健康保険、家族の扶養などから、条件に応じて選ぶ必要があります。年金も、次の勤務先に入る時期や配偶者の状況によって、手続きが異なります。

自分の状況に応じた選択肢を理解し、どこで何をするかを確かめる。勤務先に依頼すること、市区町村や保険者に届け出ることを整理し、必要な書類もそろえなければなりません。

手続きによっては申請期限があり、遅れると希望する選択肢を利用できなくなる場合もあります[4]。早く動く必要はわかっている。それでも、制度と手順を理解する負担を思うと、着手が遅れるのです。

ここでは、情報を探し、理解し、行動の手順を組み立てる際の頭の負担を「認知コスト」と呼びます。

■認知コストを下げ行動につなげる

AIには、自分の状況を説明し、「検討すべき選択肢と、確認先、必要な書類を整理してほしい」と依頼できます。制度の適用条件や期限は勤務先や公的窓口で確かめますが、問い合わせる内容が見えれば、次の行動を決めやすくなると考えます。

私は、認知コストを下げることの意義は、行動に着手しやすくし、問題解決の成果につなげる点にあると考えます。仕事でも、関連情報の整理をAIに支援させ、顧客への確認や試作、実験に進めば、結果から新たに学ぶ機会が生まれます。

記憶や情報処理の一部をメモや外部の道具に預ける「認知的オフローディング」は、以前から研究されてきました[1]。生成AI以前の研究ですが、外部の道具で頭の負担を軽くする考え方は、AI活用の手がかりになります。

■蓄積した知識は判断を支える

この変化によって、一生懸命覚えてきた人は評価されなくなるのでしょうか。私は、蓄えてきた知識の価値は失われないと考えます。知識は、AIの説明を吟味し、自分の判断をつくる材料になるからです。

スウェラーの認知負荷研究では、専門家の問題解決を支えるものとして、知識を意味のあるまとまりにした「スキーマ」が重視されています[2]。知識を丹念に蓄え、記憶や分析を強みにしてきた人の力は、AIとの協働でも大切な拠り所になるはずです。

例えば新製品開発なら、材料の性能を深く知ることは欠かせません。同時に、顧客の使い方や製造条件、事業として成り立つ価格とも結びつけて考える必要があります。専門知識を深めながら、周辺の知識と組み合わせる。そこに成果を生む可能性があります。

AIに異分野の情報整理を支援させ、人は「この技術は、誰のどのような課題に役立つのか」を考える。目的と全体像を理解し、関係性を見直して、仮説を立てる。私は、AIによって生まれた時間と思考の余裕を、こうした活動に向けたいと思います。

■AIで解けることと学習することの違い

一方、「自分で考え、知識を身につけなければ、力はつかないのではないか」という指摘には、十分に耳を傾ける必要があります。

2025年に公表された、トルコの高校生約1,000人を対象とする数学の実験では、GPT-4を使う標準的なチャット型AIの群は、練習中はAIを使わない群より成績が良かった一方、AIなしの試験では平均成績が17%低くなりました。一方、答えを直接示さず、教師が用意したヒントで考えを促すAIを使った群では、AIなしの試験の成績は、AIを使わない群とほぼ同じでした[3]。

練習時はAIの使用で成績が上がる一方、標準チャット型ではAIを使用しない試験の成績が下がることを示した図

AIの支援で解けることと自分の力で解けること

一つの高校での短期的な結果であり、企業研修全般にそのまま当てはめることはできません。AIを使って課題を解けることと、自分自身の力が育つことは、分けて確かめる必要があります。

■問題意識と行動力が成果を生む

AIに整理させた後、「なぜそう考えるのか」を自分の言葉で説明し、現場で確かめる。予想と結果の違いを調べ、その理由を考えることで、次に試すことが見えてきます。

AIで情報を得ても、行動しなければ問題は解決しません。手続きの説明を読んでも、問い合わせや申請をしなければ手続きは進まない。仕事でも、提案や実験に移さなければ、考えた仮説を確かめることはできません。

何を解決し、どのような状態にしたいのかを考える問題意識。そして、調べたことを実行に移す行動力。問題意識と行動力は、AI時代にも欠かせません。AIは、その力を発揮するための支援として活用したいと思います。

学習の評価にも、かけた時間や覚えた量に加えて、何を理解し、どのような仮説を立て、何を発見したかを取り入れたい。認知コストの低減が、思考と行動を通じて成果につながる。これは、今後の実践で検証したい私の仮説です。

次回は、知識を積み上げることと「全体像」をつかむことの関係を考えます。専門知識を成果に結びつけるために、まず、どのような大きな問いを持てばよいのでしょうか。

参考文献
[1]Risko, E. F. & Gilbert, S. J. (2016). Cognitive Offloading. Trends in Cognitive Sciences, 20(9), 676–688. https://doi.org/10.1016/j.tics.2016.07.002
[2]Sweller, J. (1988). Cognitive Load During Problem Solving: Effects on Learning. Cognitive Science, 12(2), 257–285. https://doi.org/10.1207/s15516709cog1202_4
[3]Bastani, H. et al. (2025). Generative AI without guardrails can harm learning: Evidence from high school mathematics. PNAS, 122(26), e2422633122. https://doi.org/10.1073/pnas.2422633122
[4]全国健康保険協会(協会けんぽ)「任意継続」 https://www.kyoukaikenpo.or.jp/benefit/voluntary_continuation/index.html (2026年10月13日閲覧)

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