フレームワークを暗記する研修は、もう古い?
~手法を覚える人から、手法を組み合わせて新しい方法を生み出す人へ~
■フレームワークを使えば、本当に問題は解決するのか?
SWOT分析、3C分析、バリューチェーン分析、ビジネスモデルキャンバス。企業研修では、さまざまなフレームワークを学びます。皆さんも、一度はこうした手法を使って、自社の事業や経営課題を分析した経験があるのではないでしょうか。
私自身、30年以上にわたり製造業の研究開発、新製品・新事業開発、経営戦略のコンサルティングに携わり、数多くのフレームワークを使ってきました。これらの手法は、複雑な問題を整理し、関係者が共通の認識を持つうえで、今でも有効な道具です。
しかし最近、改めて考えることがあります。フレームワークを正しく使えることと、新しい事業や社会の仕組みを構想できることは、同じなのでしょうか。
企業研修では、フレームワークの考え方や手順を習得し、決められた項目を埋めることが学習成果になりがちです。ところが現実の問題は、必ずしも既存の枠組みに収まるわけではありません。そもそもフレームワークとは、現実を一定の視点から切り取り、整理する道具です。何かを分かりやすくする一方で、その枠の外にあるものを見落とす危険性もあります。
例えば、自動車産業を考えてみましょう。かつては、エンジン、トランスミッション、車体、生産技術、販売網などが競争力を左右していました。ところがハイブリッド車、EV、自動運転へと技術が発展すると、電池、半導体、ソフトウェア、AI、通信、電力インフラなど、関係する産業が大きく広がります。
これは単なる動力源の置き換えではありません。製品の構造、企業間の関係、顧客への提供価値、ビジネスモデル全体の変化です。従来の産業構造を前提とした分析だけでは、未来の可能性を十分に描けるとは限りません。
もちろん、SWOT分析や3C分析が未来に使えないわけではありません。しかし過去や現在の情報を整理するだけで終われば、未来を構想する力にはつながりません。
HendersonとClarkは1990年、個別の技術要素が大きく変わらなくても、その結びつきが変化することで既存企業が対応に苦しむ場合を示しました。「アーキテクチュラル・イノベーション」と呼ばれる考え方です。個々の技術が優れていることと、新しいシステムに組み上げられることは、別の問題なのです。
■なぜ、一流の専門家が集まっても新しい価値が生まれないのか?
私は企業の新事業開発に関わる中で、これとよく似た問題に何度も直面してきました。研究開発部門は技術の高度化を考え、設計部門は性能や信頼性、製造部門は品質と生産性、営業部門は顧客要望、経営部門は収益性を重視します。それぞれの専門家は真剣に仕事をしています。知識も経験も豊富です。
ところが、いざ新事業を考えようとすると、議論がかみ合わないことがあります。研究者は「技術的には可能だ」と言い、製造担当者は「そのコストでは生産できない」と言う。営業担当者は「顧客はそんなものを求めていない」と反論する。誰も間違ったことを言っているわけではありません。しかし議論を重ねても、新しい方向性が見えてこない。
ここに、いわゆる「知識のサイロ」の問題があります。専門知識が高度化するほど、各分野の考え方や言葉は独自のものになります。部署ごとに異なる目標、予算、権限、評価制度も存在します。自分の部門で成果を上げようとする合理的な行動が、組織全体の知識創造を妨げてしまうことがあるのです。
この問題は、単に「もっとコミュニケーションを取りましょう」という掛け声では解決できません。私はまず、自分の専門分野や会社の枠を超えた、大きな問題を設定することが重要だと考えています。
例えば、「設備点検を効率化する」という課題を、「人口減少が進む社会で、地域の電力インフラの安全をどう維持するか」という問いに置き換えます。そうすると、設備技術だけでなく、AI、通信、地域の人材育成、設備投資、労働環境、災害対応、電力制度など、幅広い知識が必要になります。自社だけでは実現できないと分かれば、企業、大学、自治体との協働も必要になります。
最近は「社会課題の解決」という言葉をよく聞きますが、掲げるだけでは意味がありません。社会課題から考える意義の一つは、既存の製品、事業、専門分野の枠組みを離れ、異なる専門家が参加できる共通の問いを生み出すことです。ただし、共感だけで協働は進みません。何を実現し、誰が責任を負い、成果をどう評価するかまで具体化する必要があります。
■AIは知識を整理する道具から、未来を構想する道具へ
ここで生成AIの可能性が出てきます。これまでは自分の専門外の知識を理解するだけでも大変でした。専門書を読み、関係者に話を聞き、資料を集め、異なる分野の用語や考え方を整理する必要がありました。
AIを活用すれば、こうした周辺知識の探索、比較、整理にかかる認知コストを低減できる可能性があります。例えば、ある技術の新用途を考えるとき、他産業の類似技術、異なる顧客ニーズ、規制、ビジネスモデルなどを探索させ、それらの関係を整理できます。
さらに、人口構造、エネルギー価格、技術進歩、制度変更などの条件を変え、複数の未来シナリオを比較することもできます。ただしAIが生成するシナリオは、科学的に検証された予測とは限りません。仮定やデータの妥当性を人間が確認しなければなりません。
重要なのはAIが正解を出すことではなく、人間がこれまで考えなかった選択肢に気づき、新しい構想をつくることです。従来、多くの時間を要していた周辺情報の処理をAIに支援させ、人間は知識と知識の関係性を理解し、新しい仮説を立て、判断することに時間を振り向ける。
そして、既存のフレームワークをそのまま使うのではなく、解決したい問題に合わせて組み合わせ、修正し、ときには新しい枠組みそのものを構想する。ここにAI時代の学習の面白さがあると思います。
■知識のサイロを突破する、泥臭い実践
もちろん、AIが知識を整理してくれても、人間や組織が変わらなければ新しい価値は生まれません。私が企業の人材育成や新事業開発で重視しているのは、小さなチームで、実際の問題に挑戦することです。
例えば研究開発、製造、営業、サービスなどからメンバーを集め、90日間で一つの課題に取り組みます。最初に共有するのは分析の手順ではなく、何を実現したいのかという目的です。各専門分野から知識を持ち寄り、AIを使って問題構造を整理する。仮説を立て、試作品や事業モデルを考え、顧客や現場で検証します。
議論が対立することもあります。専門用語が通じず、互いの前提を理解するだけで時間がかかることもあるでしょう。それでも、共通の図面、模型、試作品などの成果物をつくりながら議論を続けることが重要です。部門ごとの役割、予算、評価の仕組みを調整する泥臭い仕事も避けて通れません。
さらに、チーム同士で競い合い、失敗や発見を発表する場を設ければ、学習への挑戦意欲が高まる可能性があります。競争は順位をつけることだけが目的ではありません。他のチームの発想から刺激を受け、自分たちの考えを見直すことにも意味があります。
私は、こうした試行錯誤の過程自体が価値ある学習コンテンツになると考えています。最終成果だけでなく、どのような仮説を立て、何に失敗し、どこで考え方が変わったのかを記録する。その記録を次のチームが学ぶことによって、知識は組織内を循環していくのです。
■専門知識を深める力と、結びつける力を両立する
ここまで読むと、専門知識を長年積み重ねてきた方から、反論があるかもしれません。「十分な専門知識もないのに、AIで異分野の知識を組み合わせても、表面的なアイデアしか生まれないのではないか」。この指摘は重要です。
電力設備の安全性を十分に理解していない人が、AIの提案だけを頼りに新しい点検システムを構想しても、安全性や実現可能性を適切に判断できるとは限りません。CohenとLevinthalは、外部の新しい知識を理解し活用する能力には、既存の関連知識が重要であることを示しました。「吸収能力」と呼ばれる考え方です。
つまり、AI時代だから専門知識が不要になるわけではありません。むしろ深い専門知識があるからこそ、他分野の知識との有効な結びつきを見つけられるのです。ただし、自分の専門領域の中で知識を深めることと、他の専門知識と結びつけて新しい価値を生み出すことは、別の能力です。
これからの学習では、この二つを両立させることが一層重要になると思います。フレームワークを覚えることには今でも意味があります。しかし分析の手順を覚えるだけでは、変化する社会や産業の未来を構想するには不十分です。
知識を深めることと、知識を結びつけること。この二つの循環から新しい知識が生まれる。私は、ここにAI時代の新しい学習と知識創造の方向性があると考えています。
では、異なる専門知識が結びついたときに生まれる「ひらめき」は、単なる偶然なのでしょうか。AIは人間のひらめきを奪うのか。それとも増やすのか。次回は、AIとの対話、競争、失敗、発見のドラマを通じて、人間の創造性について考えたいと思います。
参考文献
[1]Henderson, R. M., & Clark, K. B. (1990). Architectural Innovation: The Reconfiguration of Existing Product Technologies and the Failure of Established Firms. Administrative Science Quarterly, 35(1), 9–30. https://doi.org/10.2307/2393549
[2]Carlile, P. R. (2004). Transferring, Translating, and Transforming: An Integrative Framework for Managing Knowledge Across Boundaries. Organization Science, 15(5), 555–568. https://doi.org/10.1287/orsc.1040.0094
[3]Cohen, W. M., & Levinthal, D. A. (1990). Absorptive Capacity: A New Perspective on Learning and Innovation. Administrative Science Quarterly, 35(1), 128–152. https://doi.org/10.2307/2393553