ベテランは何を見ているのか
~全体像を学び、専門知識を生かすために~
同じ現場で、同じ異常を見ている。それなのに、新人とベテランでは、気づくことも、次の行動も違う。ベテランだけに見えているものは、一体何なのでしょうか。
前回は、AIで情報を探し、理解する負担を下げ、行動につなげる可能性を考えました。今回は、自分の仕事に引きつけながら、得た知識をどのように結びつければ、仕事の判断に役立つのかを考えます。
■ベテランは知識のつながりを見ている
人によって知識量や経験の違いは、もちろんあります。私は、その知識や経験が「どうつながっているか」も重要だと考えています。ベテランの強みとは、目の前の対象を、周辺との関係を含むシステムとして捉えられることです。
製造現場で製品の仕上がりが急に悪くなった場面を想像してください。新人は手順と機械の設定を確認します。昨日と同じなのに、不良が出る。何を直せばよいのか、行き詰まってしまいます。
ベテランは、材料、前工程、設備、温度や湿度にも目を向けるでしょう。設定変更で改善しても、後工程に負担が出ないかを考える。材料や工程の要素と、その関係から原因を探り、影響を予測する。働きかけた結果を確かめ、条件に応じて調整するのです。
職人が材料の微妙な状態を感じ取ったり、プラントの運転員が音や計器から異変を察する。こうした勘にも、経験から手がかりの意味を学ぶ働きがあると考えられます。信頼できる直感を育てるには、周辺との関係を含むシステムの理解と発生現象の関係の法則性を学ぶ機会が必要です。経験年数だけでも、システムの理解だけでも十分ではなく、その両方をバランスよく段階を踏んで理解し、熟達することが大事です。
■全体の目的を知ると学び方が変わる
そこで新人には、個別の作業を覚えてから全体像に進むのではなく、個別の知識と並行して、より大きな仕組みの目的を知ることが大切だと私は考えています。設備は何のためにあり、工程にはどんな成果が求められ、それが顧客や社会にどう役立つのか。検査も「項目を確認する」だけでなく、「どの不具合を捉え、後工程や顧客を守るのか」と理解できれば、作業の位置づけや課題が見えてきます。
ここでいう全体像は、最初から細部まで理解することではありません。目的、主要な要素、そのつながりを大まかにつかむことです。「自分の工程の前後には何があるか」「品質を守るために誰と協力するか」。その見取り図を持ち、個別の経験を重ねながら、理解を修正していけばよいと考えています。
目的が分かれば、「前工程の条件が変わったら、何を確認するべきか」と問い、自分から担当者に聞くきっかけになるでしょう。理解が問いを生み、対話や行動を促す。受け身から抜け出し、学習が加速するのではないか。これは今後確かめたい仮説です。
■専門知識を生かす全体像も変わっている
全体像を学ぶのは、新人だけの課題ではありません。長年その仕事に携わってきた専門家にも、自分の知識を位置づける仕組みが、今も同じなのかを問い直す必要があります。
企業の中で長く続いてきた設計・製造方式も、提供する製品やサービス、ビジネスモデルが変わると、大きく見直されることがあります。自動車では、エンジンを中心とした技術に、ハイブリッドやEVの技術が加わり、自動運転に向けた開発も進んでいます。機械としての性能だけでなく、電池、制御、ソフトウェアなどを組み合わせて、車両全体を考える必要があるのです。
金型づくりでも、熟練工の手作業や調整に大きく依存していた製作方式に、3次元CAD/CAMと高速の自動加工機を組み合わせる方式が広がってきました。形状を設計データで表し、加工の手順や条件を設定して、機械を動かす。製作方式が変われば、設計担当者と加工担当者の役割や、知識の受け渡し方も変わります。
仕事の仕組みが変わると、必要な専門知識と、その使い方も変わります。従来の方式では優れた判断ができた人も、その変化に気づかず、慣れた仕事の範囲だけを見ていれば、新しい方式への対応が遅れてしまうでしょう。
蓄積してきた知識や経験の価値が、なくなるわけではありません。金型の材料や加工の特性を深く知ることは、設計データや加工条件を吟味する際にも役立ちます。ただし、その強みを生かすには、新しい方式の中で、自分の知識がどこに役立ち、何を学び直す必要があるのかを理解しなければなりません。
「視野を広げよう」とは、遠くの話題を知ることだけではないのでしょう。自分の仕事を含む設計・製造の全体像が、どう変わりつつあるのかを見ること。個別の専門知識を深めると同時に、その知識を生かす全体像も更新していくことが大切だと、私は考えています。
■AIはいつでも何度でも聞ける学習相手
AIは、こうした全体像の学習を支えられそうです。確認済みの資料をもとに、仕事の目的や工程の関係を説明してもらう。知りたいときに、分かるまで聞き、自分の言葉で説明し直す。「初歩的な質問でよいのか」「忙しい先輩に申し訳ない」と感じる人には、質問の心理的負担を軽くできるでしょう。説明は資料や専門家との照合が必要です。
例えば、「検査工程の目的を説明して」と聞いた後に、「見逃した不良は誰に影響するか」「前工程の担当者に何を確かめるべきか」と重ねて聞く。AIには、答えを出すだけでなく、自分の理解の抜けや、現場で確認すべき点を整理する役割を持たせられます。問いが具体的になること自体も、理解を確かめる手がかりになるでしょう。
一方、AIで疑問が解消するたびに、人に聞く機会まで減れば、仕事の全体像を知る接点も失いかねません。システムには、機器や設備、情報を処理する仕組みだけでなく、そこで働く人と組織も含まれています。
■AIを人との対話と行動につなげる
人や組織には、感覚、感情、思考、価値観があります。何を大切にし、何を不安に感じるのか。こうした「文化」を理解しなければ、技術的に正しい案でも、よい仕事につながるとは限りません。例えば、設備の停止をめぐっても、安全、納期、顧客との約束など、立場によって気にかけることが違います。相手の判断の背景を知らずに、数値と手順だけで合意できると考えるのは難しいでしょう。
文化は、一度質問して答えを聞けば分かるものではありません。時間をかけて対話し、同じ場で仕事をし、問題や結果を共に経験することで、少しずつ理解できるのだと思います。互いの考えを伝え、分からない点を確かめる。表情や声の調子、その場のためらいにも触れる。言葉によるコミュニケーションと、場を共有することの両方が大切です。対話は、双方を変えることもあります。新人の問いから、ベテランが当たり前だと思っていた手順の理由を考え直すことがあります。新人も経験談から見方を変える。こうしたやり取りによって、双方の認知が変わり、学習が進む可能性があります。判断の仕方や役割分担が変われば、人や組織が成長し、システムそのものを大きく変えることにもつながるでしょう。
だからこそ、AIは、人との対話を深めるためにも使いたいと考えています。基本的な知識を学び、聞きたいことを整理してから現場に出る。対話の後には、自分の理解を整理し、もう一度相手に確かめる。人と関わり、共に考え、行動して確かめる。その土台になるのは、ベテランの知識、記憶、分析力と現場の感覚です。AIで、互いに学ぶ機会を増やしたいと思います。
次回は問題解決を考えます。AIへの問いと人への問いで、自ら考え、行動する力は育つのでしょうか。